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  明るく元気な里親家庭であってほしい。課題が生じてもすぐに立ち直れるような、そして子どもたちが未来を信じはばたけるような。

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IFCAユースと考える子どもの権利<日本財団>

「子どもの権利と社会的養護」
木ノ内博道 2014.4.20

 木ノ内と申します。
子どもの権利をもとに日本の社会的養護を考えてみたらどうなるか、をテーマに話してみたいと思います。
 そもそも日本の社会的養護は子どもの権利面から理念化されているのだろうか、と思っています。たとえばアメリカでは「セーフティ」「パーマネンシー」「ウェルビーイング」の3つを実現するような形で理念化されています。やるべき方針がしっかりしている。
 それから、ケースマネジメントもしっかりしています。パーマネンシーの確保のためにまず検討しなければならないのは親子再統合、そのために実親側の課題解決のプログラムがきちんとある。期間を定めて早く再統合できるようにしています。で、それが難しければ養子縁組。これは国連の「子どもの代替的養護に関するガイドライン」でも言われていることです。日本では児童相談所の職員一人が持っているケースが非常に多いと言われています。と言うか、そもそもケースを解決させる気持ちがあるのか疑問です。
 養子縁組の問題では、行政は私的養護と言う認識で、社会的養護としての養子縁組を考えていないですね。制度上は特別養子縁組が作られていますが、必ずしも社会的養護の子どものためと言うわけではありません。地域にもよりますが、できれば養子縁組には関わりたくないと言う児童相談所が多いと思います。養子縁組にも、パーマネンシーの観点から、社会的養護の一部として、きちんと検討していくことが大事だろうと思っています。
 社会的養護の入り口で、親子分離がありますが、適切に行われているんだろうかと思います。親子分離でトラブルになるケースをよく耳にします。私は、行政による親子の分離でなく司法による判断が必要なのではないかと思います。子どもの権利から考えれば、親と暮らせることも重要な権利なんですね。そこをきちんとジャッジする必要があると思っています。親子分離は最小限にしてほしいです。DVで母子を保護するのに母子分離をしたと言う話をよく耳にします。
 次に一時保護の問題です。子どもにとって権利が保障された環境、仕組みなのだろうかと思います。子どもの唯一の財産である地域や学校から隔離してしまうのを保護と言っていいのだろうか。それから、十分な教育の環境も提供されていないですね。子どもの権利は「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」で成り立っていますが、その育つ権利である教育が保障されていない。そこに長期間入れられてしまうのは権利の侵害ではないかと思います。一時保護だけではないですが、子どもをそれまでの生活環境から切り離してしまうのはよくないと思っています。
 施設や里親への措置、これも行政措置でいいのだろうか。司法が関与すべきではないか、司法措置が望ましいのではないかと思います。またその際、子どもに社会的養護の仕組みをきちんと説明するべきです。その上で子どもの意見を聞く。インフォームドコンセントが導入されるべきだと思います。子どもの意見表明権、これはさきほどの4つの柱のうちの「参加する権利」の問題です。日本は大きく立ち遅れていると、これは国連からも指摘されています。
 乳児院の存在も問題だと海外からよく指摘されます。3歳までの子どもは家庭環境で養育すべきと、国連のガイドラインにもあります。
 児童養護施設については大舎制が多いく、いま小規模化・グループホーム化が進められようとしていますが、着手は来年からで、15年かけて取り組むことになっています。
 児童養護施設での養育か、家庭養育かという問題ですが、家庭養育を優先すべきという「里親委託ガイドライン」が出ましたが自治体の動きは遅いです。
 海外の事例などをみていると、家庭養護を中心にして、施設は治療的なものになっています。いま反対の現象が起きています。慢性病などの課題をもった子どもは施設での集団養育に向かないから家庭養護にと、里親の元に委託される動きがあります。
 子どもは誰に養育されるのが一番いいのでしょうか。子どもが探し出してきた信頼できる大人に里親になってもらう、そういう制度があればいいと思っています。「少年と自転車」と言う映画がありました。これはベルギー、フランス、イタリア合作の映画です。子どもが施設を抜け出して一親に会いに行く途中、美容師と出会って「僕の里親になってくれない?」と頼むんです。日本の社会的養護を知っている人でしたら不思議に思う場面です。この地域里親の導入をぜひやるべきだと思います。
 余談になりますが、東日本大震災の後に被災地を訪ねました。津波の影響で両親が犠牲になった孤児たちが同級生の家などに匿われている可能性があるので「近隣里親」と言う制度を作ってほしいと厚生労働省に要望したことがありました。結果はダメでしたが、後になって調べてみると海外には地域里親と言う制度があったのです。
 被措置児童の虐待、これは平成21年の児童福祉法の改正で、国がその実態をとりまとめ、具体的な内容も含めて公表すると言うものです。周りからの通報は増えていますが、当事者からの声は出せないでいます。当事者からの通報は3割強程度です。通報したらここに居られない、追い出されるに違いない、しかし行くところがないということで、通報できないとユースから聞いたことがあります。
 今回の被措置児童の虐待については、厚生労働省のホームページに公表されています。今回は分析も行われていて、大舎制の施設で虐待が多くなっています。施設での性的な虐待も明るみにでました。国は専門家によるワーキングチームを作って被措置児童の虐待防止に取り組むとしていますがが、当事者から声を上げるべきではないか、と思います。
最後になりますが、自立の難しさ、満年齢での措置解除の問題があると思います。国は20歳までの措置延長、これは進学、就職できない、障害があるなどの場合、必要に応じて認めていきましょう、というもので、運用は自治体に任されていますが、なかなか進まないのが現状です。
 アメリカではインデペンデント・リビング・プログラムと言うのがあって、社会的養護のユースの自立に1億4千万ドル、日本円にして15億円くらい予算がつけられていています。日本ではとてもやれない金額だと思うかもしれませんが、たとえば里親支援専門相談員はいま230人います。一人年間530万円が支払われていますから12億円の費用がかけられていることになります。ユースが直接声をあげていけば難しいことではないと思っています。
 他にも、ユースに子どもたちの面倒を見る、たとえば勉強を見るとかパソコンを教えるとか、そうした仕事を提供すべきだと思います。個人的には「自立援助ホーム」のアシスタントの仕事を、きちんと給与を払ってやってもらったらどうかと思います。自立の問題を当事者で解決していく方法として有効なのではないかと思います。
 どうすればこうしたことは実現していくのでしょうか。まず、当事者や元当事者である人たちが声を出していくことでしょうし、そうした環境を大人も含めて作っていくことでしょう。私たちも反省しなければいけないのですが、ユースに話してもらいたいなどと言って、里親大会などに来てもらっていますが、どうしても里親の宣伝をしてもらうような形でユースが使われている。ユースはもっと大人に心地よくないことも言っていくべきだと思います。先日、メールで教えてもらったことなのですが、措置解除の時に就職支度金をもらっていないと言うのです。案外あり得ることだと思いました。どんどんそういうようなことも言ってほしいと思います。
 国連がらみでは、2016年5月までに日本は国連子どもの権利委員会に4回目の報告書を出すことになっています。その直後、国内のNGOや日弁連がカウンターレポートを出します。ユースたちにその気があるならカウンターレポートを書いたらどうかと思います。NGOのカウンターレポートに付録の形で載せてもらうのも可能です。
 それから、国連は2011年に「個人通報制度」を総会で採択しています。2013年3月末現在で35カ国がこれに署名をしていますが、日本は批准していません。保護された子どもの意見表明権などが十分に反映されていない日本で、ぜひ国連子どもの権利委員会が行っている「個人通報制度」を利用できる仕組みを要望していったら、と思っています。

――時間がなく話せなかったこと――
 まず権利とは何か、子どもの権利とか言われても分かりづらいので、少しそのことについても話しておきます。権利と言うのは分かりづらいだけでなく侵害されて初めてその重要性が分かるものです。気づいてみたら社会的養護の世界に入っていたと言う子どもたちにはなかなかその権利侵害に気づきにくいだろう思います。権利と言うのは、生きるのが困難、生きづらい。どうしてこんなに生きづらいのか。そういうことに関わっています。生きづらい場合、自分の側に問題があるのではないか、と思ってしまう。子どもは特にそう考えがちです。『生き延びるための犯罪』と言う本があります。一般に犯罪は悪いことですが、しかしやむを得ず犯罪をしなくては生きていけない場合もあるわけです。自分の生きづらさが、実は社会の側に問題があるのではないか、そう考えたときに人権の問題は見えてきます。
 権利なんて言うと昔からあったものではないかと思いがちですが、子どもの権利が話題になったのは戦後のこと。正確に言えば第一次世界大戦後のヨーロッパで始まったものです。子どもの権利条約が国連で採択されたのは日本の年号でいえば平成元年のこと。こうして権利と言うのは見出されつつあるものなんです。新しい権利でいえば「セクシャルライツ」というのがあります。性の自己決定などに関する権利です。
 ですから、権利は守るものと言う意識がありますが、権利は見出していくものです。気づかずに生きづらい思いをしている人がいる。そこに新しい権利が発見できる可能性もあります。権利は生きづらさを社会化して初めて見えてくるものと言えます。
 そこで大事なのは当事者と言うことだと思います。ニーズをもっている人が当事者で、ここに権利がある。当事者主権と言う言い方もあります。以前は、子どもは親の持ち物と言う考えがありましたが、いまは親権も子どもの権利に従属するものであると言うように変わってきています。
 当事者と言う問題を深めようとする動きもあって、権利の問題を考えるなら欠かせないテーマではないかと私も思っています。
 たとえば、プライバシーの保護と言うのがあって、個人情報の秘匿と理解している人が多いと思いますが、むしろ当事者が自分で管理することなんですね。自分の責任の範囲で判断すべきことです。
ピアサポート。これは当事者による支援活動のことですが、もともとはハンセン氏病の患者から始まったことだと言われています。ピアサポートでは、あえて言いっ放し、聞きっぱなしにすることが大事で、批評や批判はしないこと、聞いたことは外部に漏らさないなどのルールを定めて行います。
 当事者研究と言う言葉もあります。ぺテルの家の実践から書かれた『当事者研究の研究』と言う本がありますが、当事者研究とは、当事者が自分を再発見していくことで、研究とは言いながら問題解決を目指さないことに特徴があります。
 フランクルの実存分析も当事者問題で話題になる言葉です。フランクルは『夜と霧』の作者で、アウシュビッツの当事者性の問題から考えられました。人間が変えることのできない運命に対していかなる態度をとるか、そうした当事者性の問題です。
 権利を大切にする社会、言い換えれば、当事者性を大切にする社会はマイノリティが生きやすい社会でもあります。


「子どもの権利に関する国連、日本の動き」
子どもの権利条約関連(●国連関連 ◎国連と日本 ○国内の動き)
○1947年12月(昭和22年)児童福祉法制定
●1959年11月(昭和34年)児童の権利宣言(国連総会)
●1989年11月(平成元年)児童の権利に関する条約(国連総会採択)
◎1994年4月(平成6年)児童の権利に関する条約(日本批准)
◎1996年5月(平成8年)第1回政府報告
◎2001年11月(平成13年)第2回政府報告(最終見解で2006年5月に次回報告を)
○2002年3月(平成14年)児童福祉法改正(専門里親、親族里親創設、最低基準)
○2009年3月(平成21年)児童福祉法改正(養育里親、養子縁組希望里親、ファミリーホーム制度化)
●2009年12月(平成21年)児童の代替的養護に関する指針(国連採択)
◎2010年12月(平成22年)児童の代替的養護に関する指針(厚労省仮訳) ※タイガーマスク現象
○2011年1月(平成23年)社会的養護のあり方検討委員会(発足)
○2011年3月(平成23年)里親委託ガイドライン(里親委託優先の原則) ※東日本大震災
◎2011年4月(平成23年)第3回政府報告(最終見解で2016年5月に次回報告を)
○2011年7月(平成23年)社会的養護の課題と将来像(10数年後里親委託3割に)
●2011年12月(平成23年)国連子どもの権利委員会・個人通報制度を採択
○2012年3月(平成24年)里親委託ガイドライン改訂版(里親支援専門相談員)
○2012年3月(平成24年)里親及びファミリーホーム養育指針
○2013年9月(平成25年)大阪でIFCO世界大会開催

○2015年4月(平成27年)15年後(平成41年度末)里親委託3割を目標に実施計画スタート
◎2016年5月(平成28年)第4回政府報告予定


バナースペース

里親支援のつれづれ日記

里親支援の動きは全国で始まっていますが、どのような里親支援がよいのか、行政の側から考えるだけでなく、里親家庭の伴走者としてなにが可能かを考え、書いていきます。


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